先の記事にアップしたクロスオーバーには、まだ続きがあったらしい。
注意事項については、先の記事と同じ。きな臭さを嗅ぎ取った方は、
勢い良くブラウザの「戻る」を押してください。
○ヴォヤージュ0915(豊×三ルート+ラスボス殿)
※最良の結末が必要です。
ついに、辿り着いた。
誰も欠けることなく、天下分け目の戦が終わる結末。
だが、繰り返す一日の輪廻は止まらない。
数多の死を越えて勝ち得た、奇跡のような終幕が
再び九月十五日の朝を迎えることで、潰えようとしている。
一日の終わりを、初めて死することなく迎えた島津豊久は
ただ独りそれに気づき、不可思議な少女の導きに従って駆けた。
狂う運命、歪む因果、その源へと。
そして。
関が原、西軍本陣。
全てを見渡せる、全ての始まりとも呼べる場所。
「まさか――あなたが」
その中心で、豊久は言葉を失っていた。
目の前の光景が、すぐには信じられなかったのだ。
「すみません、豊久殿」
誰よりも勝利を、その先の明日を望んでいたはずの男が。
今日を繰り返す運命の象徴として、眼前に立っている。
「……ごめんなさい」
絞り出すように呟き、西軍の大将は儚く微笑んだ。
あれほど雄弁であった眼差しに、かつての光はない。
精悍さこそ欠くものの、男子らしく整った顔立ちには
死相にも似た、疲労と憔悴の影が色濃く差している。
謝罪の言葉。
それは、自らの所業を認める行為に他ならない。
だが、彼の口から直に、その言葉を聞いても。
豊久はなお、眼前の真実を受け入れがたく感じていた。
「石田殿――」
情に流されやすく、決断の遅い大将。
だが、理想を語る言葉には、欠片ほどの疑いも持たぬ男。
義を掲げ、泰平の世を守ろうと奔走していた彼に。
この一日を、戦を繰り返すに足る、何の理由があるのか。
はたして、その答えもまた。
「救いたかったんです」
問うまでもなく、彼の口から聞くことができた。
「この戦で死ぬ、大切な人たちを」
その言葉が誰を指すかも、想像に難くなかった。
親友を、腹心を、彼はこの一日で次々と失ったのだ。
「だから、やり直しました」
戦が始まり終わる、この一日を最初から。
考えられぬようなことを、当然のように言い切ってみせる。
その声は淀みなく、しかしどこか虚ろだ。
いかなる手段によってか。
いかなる犠牲を払ってか。
今さらそれを問うことに、意味はないだろう。
厳然たる事実として、彼は成し遂げたのだ。
何百何千と繰り返す、この同じ一日を。
「でも」
ならば彼は、何故それほどまでに疲れ果てた。
答えは、問わず語りの先にある。
「救えないんです」
消えてしまいそうな微笑に、自嘲の色が混じる。
「何度も何度も繰り返して、やり直したのに」
勝利も敗北も。成功も失敗も。服従も反抗も。
全ての選択肢を、あらゆる可能性を試したのに。
「救いたい人が、生きてほしい人が、どうしても救えない」
どう足掻いても、死すべき定めから解き放てない。
「左近も、吉継も――」
――あなたも。
小さく息を継いでから、そう口にした彼の顔が
ひときわ痛ましげに歪んだのは、気のせいだろうか。
真相に続く糸の端が、垣間見えた気がした。
彼の表情に、眼差しに落ちる深い影はそのまま、
この一日に繰り返された、全ての死の重みなのだ。
繰り返された幾人もの死を、繰り返された日の数だけ。
彼はずっと、その華奢な双肩に担ってきたのだ。
だが、豊久の疑問は消えない。
もし、彼が真実、その想いで事を起こしたのならば。
誰も失わずに迎えたこの今日を、何故彼は妨げる。
望んだはずの結末を、何故自ら捨て去ろうとする。
「石田殿」
彼の名を呼ぶ。
是が非でも、その真意を問わねばならなかった。
だが、名を呼んだ後に、言葉が続かない。
何を、どのように問えばいいか、わからないのだ。
同じ一日を繰り返し、彼をよく知ったつもりでいた。
情に脆く、愚直な男、それが全てだと考えていた。
だが、つまるところ、豊久と彼との関わりというものは
彼が、大将として話しかけてくる時にのみ存在したのだ。
将としての立場を離れ、一人の男子として相対する時、
自ら彼に向けるべき言葉を、豊久は知らない。
そして、言葉に表せぬ疑念は。
「でも、もう、いいんです」
穏やかな声に、切り捨てられた。
「失うことが避けられないなら、進まなければいい」
激しさなど欠片もない態度は、逆に鋭い刃となる。
「そうすれば、誰も失わずにすむ」
背筋が凍りつくほど、澄み渡った声。
「皆、ずっと、変わらずにいられますから」
怖気すら感じるほど、美しい微笑み。
そして。
「また『今日』会いましょう、豊久殿」
奇妙な挨拶と共に、彼は背を向けた。
この話は、この一日は、これで終いだというように。
豊久は、言葉を失っていた。
何を言われているのか、理解できなかった。
つまり、繰り返しの果てに得た、この最上の結末さえ、
眼前の男にとっては、もはや価値などないということか。
今日を越えたところで、永久に失われぬ命などない。
だから留まる。勝利を、前進を、放棄してでも。
豊久の知る彼とは、かけ離れた言い分だった。
――これが。
繰り返す一日で、嫌というほど見続けたあの男の姿か。
終わらぬ戦いで、飽きるほど聞き続けたあの男の声か。
己の心が、真実を受け入れられぬ理由。
ここにきて、豊久はようやくそれを悟った。
己の知る彼と、今ここにいる彼の姿が、噛み合わないのだ。
愚かしいほど率直で偽りのない、瞳の輝きはどこに失せた。
逆境にあっても揺らぐことのない、力強い声はどこに消えた。
あるいは、わずかな時間で多くを失いすぎたことが
彼の中の、致命的な何かを壊してしまったのか。
同じ一日の中で、あれほど見てきたはずの彼は、もういない。
そうとしか、思えなかった。
「豊久……」
巫女装束の娘が、恐る恐るといった風で袖を握ってきた。
円らな瞳が必死に、彼を責めぬよう訴えている。
不安げに見上げてくる童顔に、豊久は鼻を鳴らしてみせた。
言われるまでもない。己のすべきことは、わかっている。
この一日を繰り返す前の、豊久ならば。
大切な人物を失う定めに絶望し、未来に背を向けた彼を、
惰弱と切り捨て、一顧だにしなかったかもしれない。
死とは戦の習い。別れとは、生の習いだ。
一兵も失わずして、勝利を得ることなどできぬように。
何人も失わずして、生を全うすることなどできぬのだ。
無論、かけがえない者を失って、悲しまぬ者などない。
だが現実として、時は戻ることも、止まることもない。
雛鳥は卵に還れず、朽ちた花は二度と咲かない。
だからこそ人は、失うことの痛みを乗り越え、
無理にでも前を向いて、必死に生きてゆく。
だが、そこに万が一、魔が差したなら。
戻るはずのない時を戻し、止まるはずのない時を止め、
失われる定めのものを、失わずに済むと囁く――
そうした好機が、目の前に転がってきたとしたなら。
誰がそれを、最後まで拾い上げずにいられるだろう。
失う痛みを拒むことが、甘えとわかっていても。
失う定めに抗うことが、禁忌とわかっていても。
否、それが許されぬことと知ればこそ、なおさら。
人は、一縷の望みに縋らずにはいられない。
例えば伯父を失い、己だけが生き残ったなら、
豊久も、彼と同じ考えに囚われたかもしれない。
あるいはその伯父も、豊久が命を散らした後
誰も知らぬところで、そう思ったのかもしれなかった。
立場など、関係ない。
心の支えを失った時、誰しも同じことを思うのだ。
幾百幾千の生死が交差した、この日を幾度も繰り返し
この戦場に立つ、全ての者の覚悟を見た今だからこそ。
豊久にも、理屈ではなく心から、それを理解できる。
なれば。
「……石田殿」
翻る陣羽織、去り行く背中に呼びかける。
この今、彼に与えるべきなのは、叱咤や侮辱ではない。
必要なのは、今日という日の先にある、希望だ。
「私の話は、まだ終わってはいません」
もはや伯父のため、己自身のため、それだけではない。
何度となく繰り返す一日の中、決して希望を捨てず、
故にこそ絶望を繰り返したであろう、この男のために。
見慣れた相貌が、振り返る。
見慣れぬ表情が、胸を刺す。
このまま、彼を往かせるわけにはいかない。
終わらぬ今日になど、向かわせてはならない。
取り返すのだ。彼を、彼の手に。
思えば、数奇と呼ぶほかない運命であった。
気の遠くなるほど繰り返した、この一日を思い起こせば。
戦の最中、一切動かぬと言ったのは豊久であった。
未来のため、そうはさせじと動いたのが彼であった。
しかし、真実はどうであったか。
時を止め、一切動かすまいとしてきたのは彼であった。
明日のため、そうはさせじと抗ったのが豊久であった。
繰り返すこの一日が、豊久を強くした。
繰り返すこの一日が、彼を絶望させた。
嫌っていた男は、表裏一体の定めにあったのだ。
――否。
今の豊久にはもう、この男を嫌うことはできない。
終わらぬ一日の中、彼が負った傷は、己の傷だ。
なればこそ。
「あなたには、何としてでも」
見せてやらねばならぬ。
もう歩けぬというなら、引きずってでも。
共に進む未来を、くれてやらねばならぬ。
かつて彼が、豊久にそうしたように。
振り向いた彼は、何故か泣き出しそうに見えた。
その顔を、豊久は強く見据える。
繰り返す一日の中で得た、全ての言葉を胸に。
「九月十六日を、返していただく!」
――説得、開始。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
テキストファイル内に残されていたメモによると
「幾百の死の山脈を越えてきたこの私が、今さら何を恐れるというのか」的な豊久。
ポジション的には、時報っぽい気もしますが……とのこと。
それにしても、クロスオーバー元が采配とひぐらしなのに
2話ともタイトルの元ネタが東方なのは一体どうしたわけか(ヒント:いつものこと)
[0回]
PR