取り出した薬包を開くと、彼は目敏くそれに気づいた。
「何だい、それは?」
問いかける声は、わずかに緊張の色を示している。
彼のことだ。尋ねるまでもなく、薄々感づいてはいるのだろう。
その推測が正しいことを伝えると、案の定、彼は表情を強張らせた。
「……私は、嫌だよ?」
「大丈夫ですよ」
できるだけ優しく囁いたつもりだったが、逆効果だったらしい。
じりじりと後じさる彼の姿は、拒絶の意を隠そうともしなかった。
追い縋ると、実にわかりやすく眉根を寄せられる。
もし手を伸ばしていれば、振り払われたかもしれない。
そんな想像を容易にさせるほど、彼の態度は硬かった。
「君は、こういう搦め手は好きじゃないと思っていたよ」
「ええ、その通りです」
騙し討つような真似は、本意ではない。特に、彼に対しては。
たとえそうでなくとも、策や謀は本来彼の十八番だ。
試みたところで、最後まで隠しおおせるとは思えなかった。
「だから、こうして手の内をお見せしたでしょう」
掌を開き、包みの中の粉まで示してみせる。
彼は頭を掻き、それから困り果てたように重い溜息をつく。
そして、一言。
「嫌だよ」
折れてくれたかと思いきや、その声には全く迷いがない。
日頃の曖昧で冗長な言動が、嘘のような頑なさだ。
「嫌だからね」
彼がこれほど強硬に何かを訴える姿は、見たことがなかった。
このままでは、埒が明かない。
「わかりました」
頷いてみせると、彼は安堵したように微笑んだ。
「では、これは俺が」
見開かれた目の前で上を向き、薬包の中身を一息で口に含む。
咀嚼するように口を動かし、粉を唾液によく溶かす。
そうしておいて、呆気にとられたままでいた彼の唇を、奪った。
不意を突かれ、息を詰まらせた唇を舌で割り開く。
そのまま、口に含んでいた薬を流し込んだ。
吐き出し、押し戻すことは許さない。
唾液ごと薬を飲み下すまで、唇を塞ぎ、抱き締めて抵抗を封じる。
やがてその抵抗も止み、細い喉が諦めたように動いた。
抱擁を解き、見つめた彼の瞳は潤んでいる。
「……わからないよ」
どうして、こんなことを。
悲しげに眉を下げる彼の瞳を、真っ直ぐに覗き込む。
「好きだからです」
男なら誰しも、思い当たる節があるはずだ。
好いた相手を思うさま感じさせ、我を失わせてみたいと思うのは。
褥を共にした経験なら、既にある。
拒まれてはいないし、それなりの反応を引き出せた自信もある。
だが、それはあくまで、彼が認める範囲でのことだ。
本当の意味で我を失い、全てを委ねる彼の姿を自分はまだ知らない。
同時に、並の手段ではそこに至れないことも、容易に感じ取れた。
だから。
「大丈夫」
だから、見たいのだ。
「俺も、一緒ですから」
自らが、同じ毒を口にしてでも。
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イケメンに薬とか卑怯な手は似合わん!という向きもあるとは思うのですが
「まだできてない相手を口説き落とすための手段」としてではなく
「既にいい仲の相手に、一歩踏み込むor雰囲気を変える手段」
としてなら、ありじゃないかと思ったのです。一種のプレイというか。
異論は無論認める。
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