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相変わらず胡乱な設定のまま現代日本に置き換えた、いわゆる現代パラレル。
お菓子を作るお仕事の大殿と、おそらく社会人と思われるシゲさんが近づく話。 むねなりと見せかけて、実はこの話に繋がっています(時間軸としては前) 店を訪れるようになってから、少しずつ彼との会話は増えていった。 もとより、ホテル内でも目立たない位置に構えられた店だ。 夕食時ともなれば、客はバーやレストランに流れてさらに少なくなる。 ケーキを食べる自分と、カウンター越しにそれを見守る彼と。 二人だけで静かに過ごす時間が、自ずと多くなっていた。 「今日のお勧めは、何です?」 「モンブランはどうかな。いい栗が手に入ったんだ」 「すみません……栗は、ちょっと」 「そうなのかい?覚えておくよ」 さも意外だというように、目を見開いてみせる表情。 「随分、綺麗に食べてくれるんだね」 「義父には、よく叱られました。食べ方が女々しいと」 「私は嬉しいよ。作り手冥利に尽きる」 小首を傾げ、はにかんだように微笑む表情。 穏やかで飾り気のない彼の姿は、いつ見ても心地良く。 気づけば、足しげく店に通ってしまっている自分がいた。 きっと彼の方も、薄々それに感づいてはいたのだろう。 「これも、営業戦略かい」 ある時、ケーキと一緒に出された質問は、あまりに唐突だった。 「だったら、あなたでなく今の経営陣を狙いますよ」 即座に答えられたのは、ある程度予想していたからだ。 最初に出会った席が席だ、そう思われるのも無理はない。 まして彼は、引退したとはいえ未だ影響力の大きい人物だ。 個人的な友誼を結ぶことで、ビジネスを有利に運ぶ―― そうした思惑で近づく者も、後を絶たないのだろう。 だが、自分は違う。 「俺はあくまで、あなた自身に興味があるんです」 一個人としての彼を好ましいと思ったからこそ、ここにいる。 「確かにあなたは、影響力のある人物かもしれない」 だからこそ、最初に興味を惹かれたのは事実だ。 「ですが俺にとって、それは大した問題ではありません」 共に過ごし、語らうこの時間は、今や何より快い。 「好きなんです。あなたのいる、この店が」 最後に告げた言葉は、紛れもない本心だった。 息を呑む気配。 彼の瞳が、スローモーションのように見開かれる。 そして、しばらくの後。 「……笑わないで、くれるかい」 躊躇いがちに切り出す、彼の声は少し震えていた。 「私も、同じ気持ちだったんだ」 口元が描く微笑は、いつもと違いどこかぎこちない。 「まだ、君の名前も知らないのに」 視線は合ったと思えば逸らされ、ちらちらと彷徨う。 意外だ、と思った。 こんなにも落ち着かない様子の彼は、初めて見る。 しかしその姿は逆に、一つの願望を確信へと変える。 彼の言葉は、ただの社交辞令や世辞などではない。 共に過ごす時を心地よく感じているのは、彼も同じなのだ。 湧き上がる想いはある種、本能のようなものだった。 年の離れた友人として付き合うのも、悪くはないと思っていた。 だが、許されるなら――もっと、彼を知りたい。 踏み込みたい。その穏やかな微笑みの先、もっと深くへ。 「宗茂です」 「えっ?」 こちらから名乗ると、彼は何度か目を瞬かせた。 「立花、宗茂」 その瞳を見つめて、もう一度。今度は、氏名を名乗る。 たちばな、むねしげ。 彼は目を見開いたまま、唇だけでその音を繰り返した。 声もなく呼ぶ乾いた音が、とても心地良く胸に響く。 唇が再び閉じるまでの間さえ、目が離せなくなるほど。 「立花――まさか」 我に返ったのは、彼が不意に声音を変えたせいだ。 「まさか君は、道雪氏の」 「ええ」 珍しく早口になった彼に、多くの言葉は必要ないように思えた。 頷いてみせると、彼は懐かしむように微笑み、目を伏せる。 現役であった頃の彼は、義父とも関わりがあったという。 それが決して好ましい縁ばかりではなかったことも、聞いている。 だが。 「言ったはずです。俺が興味を持っているのは、あなた自身だと」 義父のことや、彼の過去を蒸し返すために来たわけではない。 あくまで、個人として彼と関わりたいと望んで、ここにいるのだ。 だから。 「今はどうか、宗茂と呼んでください」 カウンターの上で無造作に横たわっていた、彼の手を取る。 触れた一瞬、指先がぴくりと微かに震えるのを感じた。 だが、それ以上の抵抗はない。 彼の眼差しが、戸惑いながらもこちらを向く。 口元だけで微笑み返すと、彼は眩しげに目を細めた。 それ以上何をするわけでもなく、ただ互いに見つめ合う。 おかしなものだ。それだけのことが、不思議と嫌ではない。 むしろ、ずっとこうしているのも悪くない――そう思った、矢先。 掛け時計の鐘が、閉店の時間を告げた。 「ああ、すみません」 長居してしまったことを詫びて、席を立つ。 いつもの金額をカウンターに置くのにも、もう慣れた。 「いいんだ。いつも、ありがとう」 代金を受け取る彼の仕草もまた、いつも通りのものだ。 いや、いつもと違う点が、たった一つ。 「宗茂君」 別れ際、カウンターから身を乗り出した彼の、小さな囁き。 初めて名を呼ぶ声はとても秘やかで、どきりとした。 「宗茂で、いいですよ」 平静を装えば、照れているのか曖昧な微笑だけが返される。 「……それで、何です?」 こちらからも身を乗り出して促すと、彼は改めて耳打ちした。 ――実はね。 ――店を閉めても、私はしばらくの間ここにいるんだ。 もっともな話だと、頷く。 小さな店とはいえ、片付けも翌日の準備もあるだろう。 だが、本題はその先だった。 ――だから、もし君さえよければ。 ――ここに。 予想だにしなかった言葉に、思わず振り返った。 びくりと身を竦ませた彼が、驚いたようにこちらを見ている。 その頬が、わずかながら上気して見えるのは、気のせいか。 「来てもいい、と?」 客足など関係なく、本当の意味で誰もいないこの店に。 顔を覗き込み確かめると、彼は視線を逸らし俯いた。 「い、嫌なら、いいんだ」 無理にとは言わない、気が向いたらで構わないから。 口の中で歯切れ悪く呟く彼を、抱き締めたい衝動に駆られた。 だが、今はその時ではない。 「まさか」 踏み込むのなら、彼が許してくれた場所がいい。 カウンター越しの距離より、もっと近くで見つめ、囁いて。 その時彼は、一体どんな顔を見せてくれるのだろう。 「行きますよ。必ず」 瞳を真っ直ぐに見つめ、今度はこちらから囁く。 それを聞いた彼は、俯いたまま――口元だけで、甘く微笑んだ。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 運命の分岐点・その1。 PR |
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