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【2025/12/31 20:05 】 |
【現パラ】その経緯【むねなり?】
相変わらず胡乱な設定のまま現代日本に置き換えた、いわゆる現代パラレル。
お菓子を作るお仕事の大殿と、おそらく社会人と思われるシゲさんが近づく話。
むねなりと見せかけて、実はこの話に繋がっています(時間軸としては前)


店を訪れるようになってから、少しずつ彼との会話は増えていった。
もとより、ホテル内でも目立たない位置に構えられた店だ。
夕食時ともなれば、客はバーやレストランに流れてさらに少なくなる。
ケーキを食べる自分と、カウンター越しにそれを見守る彼と。
二人だけで静かに過ごす時間が、自ずと多くなっていた。

「今日のお勧めは、何です?」
「モンブランはどうかな。いい栗が手に入ったんだ」
「すみません……栗は、ちょっと」
「そうなのかい?覚えておくよ」
さも意外だというように、目を見開いてみせる表情。

「随分、綺麗に食べてくれるんだね」
「義父には、よく叱られました。食べ方が女々しいと」
「私は嬉しいよ。作り手冥利に尽きる」
小首を傾げ、はにかんだように微笑む表情。

穏やかで飾り気のない彼の姿は、いつ見ても心地良く。
気づけば、足しげく店に通ってしまっている自分がいた。

きっと彼の方も、薄々それに感づいてはいたのだろう。
「これも、営業戦略かい」
ある時、ケーキと一緒に出された質問は、あまりに唐突だった。

「だったら、あなたでなく今の経営陣を狙いますよ」
即座に答えられたのは、ある程度予想していたからだ。
最初に出会った席が席だ、そう思われるのも無理はない。
まして彼は、引退したとはいえ未だ影響力の大きい人物だ。
個人的な友誼を結ぶことで、ビジネスを有利に運ぶ――
そうした思惑で近づく者も、後を絶たないのだろう。

だが、自分は違う。
「俺はあくまで、あなた自身に興味があるんです」
一個人としての彼を好ましいと思ったからこそ、ここにいる。
「確かにあなたは、影響力のある人物かもしれない」
だからこそ、最初に興味を惹かれたのは事実だ。
「ですが俺にとって、それは大した問題ではありません」
共に過ごし、語らうこの時間は、今や何より快い。
「好きなんです。あなたのいる、この店が」
最後に告げた言葉は、紛れもない本心だった。

息を呑む気配。
彼の瞳が、スローモーションのように見開かれる。
そして、しばらくの後。

「……笑わないで、くれるかい」
躊躇いがちに切り出す、彼の声は少し震えていた。
「私も、同じ気持ちだったんだ」
口元が描く微笑は、いつもと違いどこかぎこちない。
「まだ、君の名前も知らないのに」
視線は合ったと思えば逸らされ、ちらちらと彷徨う。
意外だ、と思った。
こんなにも落ち着かない様子の彼は、初めて見る。
しかしその姿は逆に、一つの願望を確信へと変える。
彼の言葉は、ただの社交辞令や世辞などではない。
共に過ごす時を心地よく感じているのは、彼も同じなのだ。

湧き上がる想いはある種、本能のようなものだった。
年の離れた友人として付き合うのも、悪くはないと思っていた。
だが、許されるなら――もっと、彼を知りたい。
踏み込みたい。その穏やかな微笑みの先、もっと深くへ。

「宗茂です」
「えっ?」
こちらから名乗ると、彼は何度か目を瞬かせた。
「立花、宗茂」
その瞳を見つめて、もう一度。今度は、氏名を名乗る。

たちばな、むねしげ。
彼は目を見開いたまま、唇だけでその音を繰り返した。
声もなく呼ぶ乾いた音が、とても心地良く胸に響く。
唇が再び閉じるまでの間さえ、目が離せなくなるほど。

「立花――まさか」
我に返ったのは、彼が不意に声音を変えたせいだ。
「まさか君は、道雪氏の」
「ええ」
珍しく早口になった彼に、多くの言葉は必要ないように思えた。
頷いてみせると、彼は懐かしむように微笑み、目を伏せる。

現役であった頃の彼は、義父とも関わりがあったという。
それが決して好ましい縁ばかりではなかったことも、聞いている。
だが。
「言ったはずです。俺が興味を持っているのは、あなた自身だと」
義父のことや、彼の過去を蒸し返すために来たわけではない。
あくまで、個人として彼と関わりたいと望んで、ここにいるのだ。
だから。
「今はどうか、宗茂と呼んでください」

カウンターの上で無造作に横たわっていた、彼の手を取る。
触れた一瞬、指先がぴくりと微かに震えるのを感じた。
だが、それ以上の抵抗はない。
彼の眼差しが、戸惑いながらもこちらを向く。
口元だけで微笑み返すと、彼は眩しげに目を細めた。
それ以上何をするわけでもなく、ただ互いに見つめ合う。
おかしなものだ。それだけのことが、不思議と嫌ではない。
むしろ、ずっとこうしているのも悪くない――そう思った、矢先。

掛け時計の鐘が、閉店の時間を告げた。

「ああ、すみません」
長居してしまったことを詫びて、席を立つ。
いつもの金額をカウンターに置くのにも、もう慣れた。
「いいんだ。いつも、ありがとう」
代金を受け取る彼の仕草もまた、いつも通りのものだ。
いや、いつもと違う点が、たった一つ。
「宗茂君」
別れ際、カウンターから身を乗り出した彼の、小さな囁き。

初めて名を呼ぶ声はとても秘やかで、どきりとした。
「宗茂で、いいですよ」
平静を装えば、照れているのか曖昧な微笑だけが返される。
「……それで、何です?」
こちらからも身を乗り出して促すと、彼は改めて耳打ちした。

――実はね。
――店を閉めても、私はしばらくの間ここにいるんだ。

もっともな話だと、頷く。
小さな店とはいえ、片付けも翌日の準備もあるだろう。
だが、本題はその先だった。

――だから、もし君さえよければ。
――ここに。

予想だにしなかった言葉に、思わず振り返った。
びくりと身を竦ませた彼が、驚いたようにこちらを見ている。
その頬が、わずかながら上気して見えるのは、気のせいか。

「来てもいい、と?」
客足など関係なく、本当の意味で誰もいないこの店に。
顔を覗き込み確かめると、彼は視線を逸らし俯いた。
「い、嫌なら、いいんだ」
無理にとは言わない、気が向いたらで構わないから。
口の中で歯切れ悪く呟く彼を、抱き締めたい衝動に駆られた。

だが、今はその時ではない。
「まさか」
踏み込むのなら、彼が許してくれた場所がいい。
カウンター越しの距離より、もっと近くで見つめ、囁いて。
その時彼は、一体どんな顔を見せてくれるのだろう。

「行きますよ。必ず」
瞳を真っ直ぐに見つめ、今度はこちらから囁く。
それを聞いた彼は、俯いたまま――口元だけで、甘く微笑んだ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
運命の分岐点・その1。

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【2010/11/07 18:37 】 | 戦ムソ | 有り難いご意見(0)
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