椅子に腰掛けた膝に、もう一人分の体重が乗せられる。
膝の上で自らのタイを解きながら、彼は薄く頬を染めて微笑んだ。
「宗茂、目を瞑って」
一見穏やかとも思える声には、隠し切れぬ期待が滲んでいる。
紡ぎかけた拒絶の言葉は、口にする前に喉の奥でかき消えた。
閉じた瞼の上に、きめ細やかなタイの絹地がふわりと被せられ
それが頭の後ろで、高い衣擦れの音を立てて結ばれるまで。
塞がれた視界の端で、硬い音が何度か聞こえた。
見えなくとも、知っている。あれは食器と皿の打ち合う音。
そして、直後に聞こえる粘ついた音は、咀嚼のそれだ。
己のそれより少し冷たい掌が、促すように両の頬を包む。
肌が粟立つよりも先に、唇はひとりでに開いてしまっていた。
少女がするような、控えめな接吻は一瞬だけ。
貪欲な舌がすぐさま歯列を抉じ開け、それとは違う味を注ぎ込む。
ふわふわとしたクリームの味と、それより深く濃い別の甘さ。
流れ込むそれを味わう間も、彼からの口付けは途切れることがない。
唇を吸い、舌先を触れ合わせ、片時も離れまいとひたすらに求める。
思わず、噎せ返りそうになり――その先を予想して、背筋が凍った。
吐き出してはならない。わずかでも零せば、どうなるか。
不快感を訴える喉を慎重に動かして、一口ずつ飲み下す。
柔らかな舌で、強引に押し込まれる甘さの正体を自分は知らない。
食べさせられる間は、決まって今と同じように目を塞がれているし
視界が開けた後に見ても、あったはずの皿は綺麗に片付けられている。
わかっていることといえば、これを味わった後に起こることくらいだ。
この甘さを与えられた後に、何が起こるか。何をされるか。
自分の身体は既に、その二つを結びつけて記憶してしまっている。
さながらそれ自体が、性質の悪い薬ででもあるかのように。
一つ、一つ、時間をかけて上衣の釦を外される。
露になった胸が、既に待ち焦がれた様子であるのに気づいたのか。
「待ち遠しかったのかい」
私もだよ、と。
固くなった粒を弾くようにしながら、心から嬉しそうに彼は笑った。
「君が来ると思って、腕によりをかけたんだ」
抑えた囁きと共に、ひやりとしたクリームの感触が胸に落ちる。
「残さず、食べようね」
そして、身を震わせる暇もなく、それを追う彼の生温かい舌。
今すぐ振り解き、逃げ出したい。だが、できない。
口移しで与えられるあの甘さを、味わわされた瞬間から。
自分の身体は、自分のものでなくなる。
全ての抵抗を諦め、彼の前にただ差し出されてしまう。
この関係を断ち切ろうと思えば、いつでもできたはずだ。
自分はただ、彼が構えるこの店に訪れるだけの客にすぎない。
距離を置こうと思えば簡単だった。ただ、来るのをやめればいい。
しかし、そのたった一つの脆い接点を、自分は捨てられなかった。
行けばどんな目に遭うか予想はついていたし、それを怖れてもいた。
にもかかわらず、自ずと向かう足を止めることができなかった。
訪れるたびに激しくなる行為と、それに溺れる自分に怯えながら。
やがてはその恐怖にさえ、酔いしれてしまうほどになるまで。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
大殿が食べさせているのは、店頭や一般家庭でおなじみのアレなのですが
自分で書いてて、この上なく危険な毒のように見えてしまうのは何故。
ヒント:前後の記事の流れ
[0回]
PR