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C-7の中では今、夜這いが空前のブーム……というわけではありませんが
砂の人が森の人のところに夜這いをかける話。 「望月奇譚」とは別の話ですが、未プレイ状態での妄想が酷いのは相変わらず。 熱に浮かされている間に書いた話。といえば許される気が。しない。 ※2/5 本になることが決定しました。 追記以降の話に、尼子パートを加筆しています。詳しくはこちら。
その晩、碧落の城には雨が降った。
森の木々は俄かに活き活きとするが、人間はそうもいかない。閉ざされた視界とぬかるむ足元を危ぶみ、他国からの客人はやむなく逗留を決めた。領主もまた、それを受け入れる。月を仰いで眠れないのは残念だが、動けないのは寄せ手も然り。この雨の中、暗く足場の悪い森を踏み越えてまで攻め込む者はいない。厄介な空模様は、束の間の安寧と同義でもある。 そのような夜であったから、自らの寝所に何者かが忍ぶ気配を感じた時も、頼綱はさほど驚かなかった。この地の雨に慣れぬ客人が、予想外の寒さでも訴えに来たのだと思ったのだ。 しかし、当然のように褥の上に伸ばされ、頼綱の頬を撫でる手はひどく熱かった。微かに衣擦れの音を立てる夜着からは、仄かな香の匂いが漂う。触れた指先の造作と動きの気配からして、女ではない。だが、そのような佇まいの男など、頼綱は知らなかった。 目を開けた。 視界に入ったのは、夜と同じ色をした一対の瞳。 それがあまりにも間近で瞬くので、頼綱は思わず息を止めてしまった。 「何だよ」 抑えた声で囁くその瞳の持ち主を、頼綱は既に見知っている。 「起きてんじゃねえか」 だが、彼がこんなにも近くで、こんなにも密やかに笑む姿など、見たことがなかった。頼綱の知る彼はもっと勝気で、歯に衣着せず物を言う男だ。たとえ孤独を感じても、自分から他人に擦り寄ることなどは考えもしないような。 その彼が何故、自分の寝所になど。頼綱は問おうとしたが、その前に男が動いた。 開きかけた唇が、彼のそれによってやんわりと塞がれる。 頼綱は、動かなかった。 突き放すことはしない。だが、口を開き、男を受け入れることもない。 唇の輪郭を啄むようにされるのも、両の頬を掌で捕えられるのも、全て彼が為すに任せた。 瞳は閉じない。男の寄せられる眉根、震える瞼、そうしたものをつぶさに見る。 男の唇が、離れた。 頬を包む手はそのままに、今度は彼が頼綱をじっと見つめる。 静かに、慎重に、何かを探るような瞳だった。 男がこんな目をすることは珍しいと、頼綱は思う。 は、と。 先程まで頼綱のそれに触れていた唇が薄く開き、小さく息を吐いた。 そして。 頬を包んでいた手が、打って変わって無遠慮な仕草で掛布団を剥いだ。 「待て」 頼綱の声にも耳を貸さず、男は褥の中へと無理矢理に潜り込もうとする。居心地が悪く感じた頼綱は逃げを打ったが、それが状況をさらに悪くした。身を退いた後に生じた隙間へ、男は上手い具合に身を落ち着かせてしまう。 「何の真似だ」 「いいじゃねえか」 良くはない。というより、男が何の話をしているのかが解らない。 「お前だって、嫌がってなかっただろ」 頼綱は抗議の意味を込めて、男が何をしているのか尋ねただけであるのに。 「今さら、止めるなんて言わせねえぞ」 褥の中で身動ぎしたように見えた彼が、いつの間にか衣を脱いでいるのは何故だ。 「面倒なのは俺に任せて、じっとしてな」 そう言った彼の黒い瞳が、獲物を捕えた猫のそれのように細められたのは、一体。 「止せ」 頼綱がなおも退こうとするのを、男は夜着の内に忍ばせた手で巧みに封じた。 「私は、静かに――」 眠りたい。 そう訴えようとした唇が、全てを言い終える前にもう一度吸われる。捻じ込まれる舌の熱さを、生々しく柔らかい感触を、快と表すべきか不快と表すべきか頼綱には解らなかった。自分のものではない息遣い。森と共に生きるようになってからというもの、感じることなど絶えて久しかった、生身の人間の気配だ。 「そう思うんなら、いつまでも黙ってな」 絡め取った舌を散々に嬲り、言葉を奪っておいてから、男はどこか満足げにさえ見える笑みを浮かべた。 「その方が、こっちも好都合だ」 自らの熱に乾いた唇を再び舐める、舌先の色は恐ろしいほど鮮やかである。頼綱にはそれが、熱病に冒されて見る夢の色彩にも思われた。あるいはこれが男の言う、千夜の夢というものか。なまじそんなことを考えた所為か、それ以降の頼綱の記憶はひどく胡乱なものとなる。 自ら腰を落とし、身を繋げる瞬間、男は少しだけ泣いた。 頼綱も流石に、これは拙いと切迫した心持ちになった。 上体を起こし、彼を制止しようとした。 しかしそれを阻んだのは、他でもない男自身の手であった。 決して厚くはない頼綱の胸板に爪を立て、止めるな、と言う。 何が何やら解らずにいる頼綱に、男は笑いかけた。 不敵な笑みを作ろうとする、唇の端が微かに強張っていた。 細められた黒い瞳は薄く濡れ、しかし決して頼綱から視線を外さない。 それが、その晩で最後の記憶だ。 男の気が済むまでの間、頼綱の心は少しだけ、静かでいることを忘れた。 翌朝、雨は上がっていた。輝かんばかりの陽光をよそに、頼綱はまるで嵐が過ぎた後のような心持ちで目を覚ます。目眩がした。頼綱は昨晩のことが夢ではないかとまず疑ったが、傍らに目を遣るまでもなく男は同じ褥の中にいた。その上どうしたわけか、頼綱の肩をしかと握り締めている。引き剥がせばおそらく、胸に立てられたのと同じ形の爪痕が残っているのだろう。 長い睫毛を伏せたまま、男は微動だにしなかった。一瞬、死んでいるのではないかとも思ったが、肩に食い込む指も、胸の上に置かれた頬も温かい。しかし後の始末をしたくとも、身動きすらままならぬ有様だ。やむなく頼綱もまた、極力動かぬようにして男の起床を待った。 それから程なくして、男は目を覚ました。しなやかな上体を起こすと、さも当然の如く頼綱の隣で身繕いを始める。何と言葉をかけて良いものか頼綱が考えあぐねる間に、彼は旅装まできっちりと終え、何事もなかったかのように帰っていった。 それから時折、男は頼綱の元を訪れるようになった。 前もって文を寄越す時もあれば、唐突に顔を見せる時もある。自国の土産物を持ってくることもあれば、徳利を提げてくることもある。そうして猫のような気紛れさでふらりとやって来ては、夜になると当然のように頼綱の寝所を訪れ、朝になれば平気な顔で帰ってゆく。 頼綱にはやはり、その真意が理解できなかった。情誼を結ぶためというには、男の求めるものはあまりに刹那的に過ぎた。かと言って、肉の快楽を求めているわけでないのは明らかである。事の最中、何と言葉をかけてやれば良いのかさえ解らぬような者より、具合の良い相手はいくらでもいたはずだ。しかし男は、そうした頼綱の態度を揶揄うことこそあれ、嫌がる素振りを見せたことなど一度もない。一体何が、男をしてそれほどまでに自らを求めさせるのか。頼綱は疑問に思い、直截に男へそれを問うたこともあったが、明確な答えは得られなかった。 しかし一方で、肌を重ねるごとに察せられることもあった。 頼綱にとっての森が、男にはないのだ。 この世には、自分ではない何かに身を委ねて、初めて得られる類の安らぎがある。頼綱は森にそれを求めたが、男の国に森はない。大樹に身を預けて眠る安らぎも、月を見て泣く時の清らかな快さも、おそらく彼は知らないのだ。だから彼は、それを他者に求めた。身体の最奥を暴かれ、追い詰められた振りをして、やっと彼は涙を流せる。 そこに思い至って、頼綱は男が自分を選んだ理由をようやく諒解した。彼が身を委ねる相手は、いつ裏切るとも知れぬ者ではいけなかった。しかし、たとえば彼が涙した時、一緒になって動転するような者でも都合が悪かっただろう。意識しての行動なのか、そうでないのかは解らない。ともかく彼は、つかず離れずの微妙な距離に他者を求め、そして頼綱を選んだのだ。 取り乱すことも、拒むこともない。訪れれば、常にそこに在る。そして、何の裏心もなく全てを受け入れる――彼の目には、頼綱がそういう者に映っていたのだろう。 頼綱にとっての森が、そうであるように。 それを知って以降、頼綱は男の求めに抗うことを止めた。もっとも彼にとっては、頼綱が示した躊躇や抵抗など、最初からあってないようなものであったかもしれないが、あくまで心持ちの話である。慣れぬ他人の熱に慣れ、彼の身体を傷めぬよう心を砕く。頼綱にとってそれは、未だ他の誰に対しても示したことのない、言うなれば譲歩であった。強いられても決して認めぬであろうそれを、何故か男に対しては進んでしようという気になったのである。 しかし頼綱は同時に、胸を掻き毟られるかのような物悲しさを覚えてもいた。自身を締めつけられ、男の思惑通りに吐精を促される時でさえ、寂寥にも似た心を拭い去ることができない。草木のように平穏に、静かに生きることこそが、何よりの望みであったはずなのに。そして男もまた、それだからこそ頼綱を選んだはずであるのに。 男と肌が触れ合う時、頼綱の心はひどく波立つ。だが、それは情欲の類ではない。男の、玉のように汗を浮かせた滑らかな肌も、噛んだ唇の隙間から漏れ出る掠れた声も、頼綱には手負いの獣が見せるような痛ましい姿としか思えないのだった。 それでも、褥に伏す男を見て抱く感情は、決してただの憐れみなどではない。 明日になれば彼は目覚め、また何事もなかったかのように帰っていくだろう。 その時まで頼綱は彼を抱き留め、自分の胸で静かに眠らせることにしている。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「暇を持て余した地方領主たちのいともたやすく行われる禁じられた遊び」 という初期タイトル案があったのですが、紙媒体ならともかく ブログでそれは長すぎるだろうと思い直し、自重しました。そして本へ(えっ PR |
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