碧落の城にも、人が寝泊まりするための場所は存在する。
大掛かりな機構が目を引く高楼は、あくまで城の一部なのだという。
城主をはじめ、多くの者が森と生活を共にしている国柄とはいえ
何も四六時中、兵士が地に埋まったままでいるわけでもなければ
城主とて、あの高楼の他に居場所がないわけでもないらしい。
もっとも後者に関しては、当の本人があの場所を好んでいるため
設けられた私室には、まるで姿を見せないという結論になるのだが。
それでも、例外はある。
例えば今のような、雨の降りしきる夜。
部屋の端に正座したまま、彼は終始無言であった。
開け放した障子の先、重い鉛色の空をじっと見上げている。
伸ばしたままの背筋も、視線の行方も、微動だにしない。
空を見上げる時に限らず、彼はほぼ常にこんな調子だ。
隣に座る人間が、戯れに手を取り弄ってみたところで
振り払うでも握り返すでもなく、されるがままになっている。
「当分、止みそうにねえな」
「そうだな」
話しかければ、返事はする。だが、それだけだ。
心どころか視線さえ、こちらを向くことはない。
そういう男だ。
たとえ他人の傍に身を置いていても、心は常に森と共にある。
今もそうだ。目は空に向けながら、考えているのはその先のこと。
あるいは雨音を通して、木々の声でも聴いているのかもしれない。
いつものことだ。今さら、文句を言う気もしない。
何より、その方が好都合なこともある。
例えば今のように、隣にいる人間にふと魔が差した時。
力の限り手を引く気配にも、急激に近くなる互いの距離にも、
無防備でいてくれるのなら、これほど楽なことはないのだ。
肩を床に叩き伏せる寸前、彼は何か言おうとしたようだった。
だが、発されるはずの声は次の瞬間、衝撃の前に掻き消える。
痛みに眉を寄せるばかりの彼を組み敷くのは、呆気ないほど簡単だった。
開かれたままの唇が、吐息と共に掠れた呻きを漏らす。
彼は一体、何を口にしようとしたのだろう。
何をするのかという、根本的な疑問だろうか。
それとも、何故と理由を問う言葉だろうか。
だが、どちらであろうと、答えてやるつもりなどなかった。
問われたところで――自分にも、答えなどわからないのだから。
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全4話の予定。
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